福岡県北九州市に4店舗を構える八幡西調剤薬局。
個店ではないものの、決して大きなチェーン店ではありません。
しかし、そんな規模の調剤薬局で、独自の人材育成と採用を行っている薬局があるとお聞きし、早速インタビューにお伺いしました。
目次
教育の始まりは、一人のマネージャーから
『うちの会社は4店舗あります。エリアとしては、北九州市八幡西区に本店があって、そこから福岡方面にJR線に沿って3店舗、宗像市まで店舗を置いているようなイメージですね。
スタッフは、全体で28名です。
薬剤師は男女比1対1、事務は全員女性、なので女性が多い職場かな。
女性は比較的若い、20代〜30代が多いです。男性も20代〜30代が多いですが、40代以上が4名になりました。私も先月40歳になりました(笑)』
そうお話してくれるのは、統括マネージャー兼薬剤師の中村さん。
中村さんは、薬剤師としてNPO法人「こどもとくすり」などの活動を行っているなど、個人としても幅広く対外的な活動をされています。
そんな中村さんが主導する形で、メンバーの教育をスタートさせたのが6年前だそうです。
『私自身が個人的にNPO活動をしている中で、「いかに生活者の視点に立って薬剤師が仕事をしないといけないか」ということを発信していたんです。
でも、ふと足元を見たときに、自分のチームが意外とそこがきちんと出来ていない会社になってしまう気がして、それじゃ駄目だなと思うようになったのがきっかけです。
それまで講演とか執筆とかやっていたのをほとんど辞めて、その力を外に出すより中に入れたいな、と思って研修制度を立ち上げました。
やっぱり地元で頑張っている薬局、しかも自分のいる薬局でそういう人が育つっていう環境にしないと本末転倒だなと思ったのが、個人的なスタートです。』
「考える研修」
中村さんが中心になり、6年前より立ち上げた研修制度。年に2回、全社員を集めてホテルを借りて行っているそうです。
ただ、通常は全社員を集めての研修だと、社長や外部講師などを招いた研修会をイメージしますが、八幡西調剤薬局では、「考える研修」という取り組みを行っているそうです。
『よくある調剤薬局の研修っていうのが、最初の1時間ぐらい偉い先生の話を聞いて、残り15分、ありきたりな質問をして終わり。なんとなくいい話を聞いた気になるけど、明日から仕事に使えないっていうのが多くて、それは良くないなと。』
『単なる知識習得型ではなく、知恵を絞って、頭に汗をかく、ということを弊社のメンバーにもやってほしくて、一般企業でもよく行っているグループディスカッションを研修の基本に据えました。』
グループディスカッションの内容は毎回中村さんが考えるそうです。その都度の経営課題だったり、みんなにこういう事を考えて欲しい、というようなテーマを選定しているそうです。
『例えば、薬局のお薬手帳の持参率が凄い低い時期があって、持参率をどう改善していくか、というようなことがテーマのひとつにあがり、研修でディスカッションしてもらいました。
その結果、お薬手帳を忘れるのは、患者様にとっての優先順位が低いからだ。優先順位が高いのは血圧手帳とか保険証、医療診察券とかあるので、じゃあ忘れちゃうんだったらそれらをひとまとめにして、持ってくる、というのを薬局が提案してもいいんじゃないかっていうのが、研修の中で出てきたんですね。
それで、それらをひとまとめにする商品を薬局の中で売り出したら爆発的に売れちゃった。』
スタッフのディスカッションから出てきたアイディアだからこそ、どんな人がこの商品を必要としているのか、どうやってお薦めすれば買ってもらえるのか、そういったストーリーが全薬剤師に浸透した結果だそうです。
本部が企画して店舗に下ろすだけでは、このような結果は生まれなかったでしょう。
直近の研修では、「薬剤師として、知識を伸ばすだけでなく、どのようにスキルを社会や会社に還元していくべきか?」というテーマでディスカッションしてもらったそうです。最後には、それぞれのグループで発表まで。
『これから薬剤師、薬局が生き残っていくためには、何をしないといけないかということをトップダウンであれこれ言っても伝わらない。現場を知らない人の指示だと、スタッフはなんのこっちゃと思ってしまうので、指示ではなく自分たちで考えるというクセを付ける。
現場にいる人間がやっぱり一番気付いているはずなのに、それをトップダウンで言うと意味がないので現場の人間がボトムアップで気づいていく、ということを研修の形で人材育成としてやってます。』
次世代の中村さんを育てる
研修の企画にしろ推進にしろ、八幡西調剤薬局には中村さんという人がいたからではないか。
他の小さな調剤薬局ではそんな人はなかなかいませんよね?そんな調剤薬局ではどうすればいいんですか?と少し意地の悪いを質問をしてみました。
『ディスカッションさせるんじゃないですかね?やっぱり。
私も他社の薬剤師と外部で会うことも多いですけど、発言しない人が多いんです。薬剤師も、事務も、みんな混ぜてディスカッションして、考えさせて、発言させる。そうすると、薬局の外に出て活動や発言する人も少しずつ増えてきて、そういったやる気のある人達に触発された若手がまた資格を取ろう、とか、外に出よう、とか新しい取り組みを始める。
そういった柱になる人材を何人作れるか。そのためには、やっぱりディスカッションして、喋ることじゃないですかね、人と。それが患者さんとのコミュニケーションにもつながるし、一石二鳥ですかね。』
こう話してくれたのは、薬剤師兼採用担当をしている小林さん。
まだ20代ながら、小林さんも実際に研修を通じて、いろんなことを考えるようになったそうです。薬剤師として店頭に立ちつつ、小学校へ講演をしに行ったり、採用担当として大学を周ったり、精力的に対外的な活動もしているそうです。
そして、小林さんの指導を担当されてきた中村さんは、次のように補足してくれました。
『現実をちゃんと伝えるってことですね。
薬剤師としての能力を伸ばすような勉強をさせている薬局は多いですけど、本当にやらないといけないのは、国にはお金がありません、国にお金がない中で、薬局が同じ作業をし続ければどんどん利益は下がっていきます、ということを伝え続けること。
事ある毎に言い続けて、危機意識をもってもらって、その中でどうしたら良いかということをディスカッションの中で考え続ける、これが僕は基本だと思います。』
薬剤師の採用は薬剤師が積極的に関わる
八幡西調剤薬局では、採用担当として、薬剤師の小林さん(ほか薬剤師1名)が担当しています。大手のチェーンでない限り、薬剤師が採用担当をしていることは珍しいと言えます。
『学生からすると、薬剤師でもない会社の採用担当・広報担当がしゃべっても説得力がすごく欠けるんですね。現実味がない。
なので、うちは、薬剤師の採用は薬剤師がする、というふうに僕の中では決めている。
それに、僕みたいなおじさんが学生と話をするより、学生と年齢が近くて、更に現場でしっかり働いている人の方が学生にとっても親近感が湧きますよね。』
採用担当の小林さんは、普段の薬剤師としての仕事だけでなく、採用担当として年に3〜4回は長崎から広島まで各地の大学を周って教授と面談して、採用状況の報告などを行い、接点を持ち続けているとのこと。
『わたしも、かかりつけ薬剤師なので、ほぼ毎日、がっつり店舗に入ってます。
でも、だからこそ大学の先生とも深い専門的な話もできるようになりますし、向こうも興味を持ってくれる。
一般的な調剤薬局だと、薬剤師不足だから採用スタッフとして薬剤師を外に出せない。でもこれって悪循環なんですよね。例えば、病気になったら半日とか一日とか、抜けますよね。だから、本当は薬剤師が絶対に抜けられないわけではないんですよ。会社側のやる気の問題だと思います。』
『「元気で明るくてやる気がある人」というのを採用の基準としていて、そういった人がだんだん増えてきたかな、と思っています。』
実はインタビュー当日も、学生3名が見学に来ていて、このインタビューも是非見学させてあげてほしいとのことで同席していました。明確な採用ポリシーと、そのための人材をきちんと割り当てる、ホームページも完全に採用ブランディングに絞り込んだ情報発信、と一貫した姿勢が伺えます。
スタッフ起点の物販の取り組み
研修制度により、それぞれの店舗スタッフである薬剤師・事務の考える力、積極的な意識が増してきたことによって、わかりやすいのは物販だと中村さんは話します。
『それこそ6年前は、綿棒とかスポイトとかそういったものしか置いていなくて、一日の物販の売り上げがゼロとか数百円とかそういうレベルでした。
今は、物販の売り上げが一日数万円は出るようになっています。
まだまだですけど、それでも6年前と比べたら雲泥の差。研修の中でこれからの調剤薬局というのがどういう風に変わっていくか、それに対して何をしたら良いかっていうのを考えてきた結果、店舗スタッフが自主的に提案して物を置き出したんです。
この什器なんかも変わっているのを今日来て初めて知りました(笑)』
処方中心の調剤薬局だと、薬剤師は何か商品をお客さんに勧める、ということは基本しません。
でも、八幡西調剤薬局では店舗レベルで商品の仕入や、販売方法まで薬剤師だけでなく、事務まで巻き込んで店舗スタッフが積極的に関わっているそうです。
『女性が多いから、テレビ番組の予告とかで今度何々の番組がある、ということを知ると先に仕入れるんですよ。
薬局が販売するものなので、いかにそこに健康というフィルターをかけれられるかどうかですよね。
例えば、糖尿病の患者さんが多い店舗で、あえてチョコレートを置くんです。
チョコレートが好きな患者さんは、体に良くないと理解していても、どうしても食べたくなるもの。「ダメですよ」と指導してもチョコレートを食べてしまうのであれば、血糖値の上がりやすいものより、うちのチョコレートは低GIで血糖値が上がりにくいものですよ、と。それは調剤薬局ならではのマーケティングというと大げさですけど、物販の仕方かな、と思っています。』
『POPにはすごくこだわってます。あとここ(什器の場所)に来たら、いかに声をかけるか。SHOP店員みたいな感じですよね。仕入れた商品は、薬剤師・事務の全員が説明できるようにしてます。この商品について聞かれたときにはこう答えるというか。』
『待合室で、一人が買うと周りの全員が買ってくれたりします。おばちゃんとか、それいいんだよ、という話をすると、周りの方も「何々?」という感じになって手にとってくれるんです。わざと大きい声でしゃべってもらう、何も言わずに患者さんに宣伝してもらえたりします。』
小林さんも実際に店舗で積極的に物販を進める一人。物販の話を聞いていると本当に楽しそうに、話をしてくれます。自分たちの工夫が、目に見えて成果として数字に上がってくる、ということが楽しいんだな、と感じました。
今後の大手チェーンと小規模店舗との住み分けは?
インタビューの最後に、調剤薬局を取り巻く環境の中で、特に小規模店舗が大手チェーンに集約されていく中で、いかに生き残っていけるのか、について聞いてみました。
『さっき学生にも同じ質問をされたんですよ(笑)
これは私の個人的な見解でしかないですけど、大手に集約されていくっていう動きは、全体的にはあると思います。
ただ、全てが大手に集約されるかというと、そんなことはなく、大手数社でシェア50%、残り50%を、我々のような地域に根ざしていろんなことを小さいなりにやっている店舗が残るんではないかなと思っています。
一般的な調剤薬局においては、今後、診療報酬も下がっていくし、スケールメリットを出さないと生き残れない。薬を安く買います、備品を安く買います、新卒の薬剤師を大量に採用します、ということは大手じゃないと出来ないので、そこと差別化出来る能力を持っている薬局じゃないと、生き残ることは厳しいかなと思ってます。』
八幡西調剤薬局は、人材育成を軸として、採用面でも大手チェーンにはない優位性を発揮する、それぞれ積極的な人材を登用することで、物販や他の新たな取組みを本部からの発案ではなく、現場主導で起こしていく、その循環を作り出すことが見事に成功していると感じました。
調剤薬局は、他のどんな業界と似ているんでしょうね?という質問に、
『書店に似ているかもしれないなぁと思っています。』と答えてくれた中村さん。
確かに、環境変化によって大手書店に集約されて個店は厳しくなる一方、本屋+カフェとか、モノ消費からコト消費に上手くシフトして生き残っている書店などもあります。
未来の調剤薬局も、単に「薬をもらう場所」、というモノ消費から、「健康にしてもらう場所」というコト消費に上手くシフトできた地域密着型店舗が強いのかもしれません。