患者行動③「病院に来た」ら生まれるジレンマ

患者行動について分析する前半部も、今回で最後となります。

第1回は一般の人は“どの程度医療機関に行くのか”(詳しくはこちら)、第2回はいざ医療機関に行くとなった場合、“どのようにして医療機関を選ぶのか”(詳しくはこちら)という観点でお話をしてきました。

第3回となる今回は、実際に医療機関を受診した際の患者行動について考えていきます。病院に来た患者は、何を思い、どのような行動をするのかを見ていきましょう。

病院という場所は患者の相談欲をかきたてる

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医療機関の来院者を対象に行った調査で、「来院した本来の目的とは違うことを相談したいと思うことがありますか」という質問に対して、実に55%の人が「ある」と回答しました。(図1)

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医療機関という場所は不思議なところで、普段それほど健康意識の高くない人でも、何となく自分や家族の健康が気になってしまう傾向があります。

待合室には健康雑誌や製薬会社の疾患啓発冊子、ポスターなど、医療や健康に関する情報があふれています。そんな時に、ふと思い出すのです。そうだ、雨の日に決まって頭痛がするなとか、食べ過ぎていないのに、食後に胃がムカムカするなとか。“always”でも“just now”でもないけれど、たまに悩まされる心配事を。そして、せっかく病院に来ているんだから、ついでに先生に聞きたいとなります。

相談したいのに相談できない患者

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では、診察の際に、受診目的とは違う、他の症状についての悩みや質問があった場合、実際に医師に相談する人はどのくらいいるのでしょうか。

インターネット調査の結果では、受診目的とは違っても医師に「気になることがあれば何でも相談する」という人は15%にとどまりました。(図2)

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「受診目的と異なれば相談しない」と回答した人は26%となり、約4人に1人は、日常生活での健康不安を相談しないという結果となりました。この結果より、医師に相談したいと思っているにも関わらず、何らかの理由で相談しない人が一定数いることがわかります。

相談させないことは機会損失以外の何ものでもない

相談せずに帰宅してしまったなら、この人たちは、その相談のために改めて受診するでしょうか。おそらく答えは“No”でしょう。本連載の第1回でも触れましたが、一般の人は医療機関に“行く”という行動はなかなか起こしません。急性や重い症状で、日常生活に支障をきたすような場合でも、半数近くの人がすぐには受診しないことがわかっています。そういう人たちが、たまに気になる程度のことで、改めて医療機関を受診するとは考えにくいですよね。

増患だ!集患だ!といっている病院で、こういう他にも相談したいことがある患者を、相談させずに帰してしまうことは、かなりの機会損失になっているような気がします。

相談は病気の“ついで買い”を生む

少し話はそれますが、みなさんはコンビニやスーパーで本来の目的とは異なるものをついでに買ってしまうという経験はないでしょうか。私は、すごくやってしまいます。コンビニやスーパーのレジ横に置かれている、ガムやチョコレート、大福などの小さなお菓子とか。スーパーの加工食品売り場でウィンナーの近くにある、瓶詰のマスタードとか、冬になると白菜などの野菜の近くに陳列される鍋のスープとか。ついつい手が伸びてしまいます。これらは買い物の本来の目的とは異なる“ついで買い”を誘う手法で、今や流通業界では当り前のものになっています。

病院においても、患者の“他に相談したいこと”をうまく汲み取ることができれば、言葉は悪いですが、病気もしくは患者の“ついで買い”ができます。

本連載の第1回で、電柱広告は患者の“青田買い”だという話をしましたが、高い費用を払ってバクチを打つよりも、目の前にいる患者の相談を1つ1つ拾っていく、この“ついで買い”の方が、確実に増患に結び付くと思います。病院という場所の特殊性を理解した上で、この手法を広報施策に取り入れてみてはどうでしょうか。

相談をうまくひき出せない医師

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病気や患者の“ついで買い”は、広報施策だけでなく、日々の診察、医師の対応ひとつでも可能です。患者が医師に相談しない(もしくは、できない)理由から、医師に求めれる対応を考えてみましょう。

患者は医師に遠慮している

他に気になる症状や質問があっても、医師に相談しない理由を聞いたところ、約半数の人は「医師に余計なことは相談しにくい」と回答しました。(図3)

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次いで、「医師に相談していい内容かわからない」29%、「医師に相談するきっかけがない」25%という順になりました。

患者は診察室で医師に対峙すると、萎縮してしまうのか、遠慮してしまうのか、自分の思っていることをどう表現したらいいのかわからなくなってしまうようです。医師を殊更に有難がる日本人の“お医者様”という考え方は非常に根深く、医師と患者の間には大きな精神的ギャップがあるように感じます。

患者に“ついで買い”をさせるには、この精神的ギャップを少しでも小さくし、相談しやすい雰囲気をつくることが重要だといえます。

20~40代女性患者には「他に気になることは?」の一言

「医師に余計なことは相談しにくい」という回答のみを男女別でみると、20~40代の女性の回答割合は男性を上回りました。(図4)

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若年層の女性ほど医師に対して遠慮してしまう傾向が強いということになります。例えば、小児科や産婦人科など、この年齢層の女性患者(付添い含む)が多くなる診療科目の医師には、診察の最後に「他に質問や気になることはないですか?」と一言付け加えるなど、医師側が相談や質問をしやすい雰囲気をつくることが求められます。

50代以上の女性患者が発する言葉は1つ1つ拾う

ちなみに、同回答項目は、50代で男女が同様の割合となり、60代では男女が逆転しています。女性は年齢を重ねるほど、強くたくましくなるという気がしないでもないですが(こんなことを言うと、今話題のエイジハラスメントになってしまいますが)、これには根拠があると思います。

女性は、50代を超えると育児は一段落しますが、今度は介護の問題に直面する方が多くなります。厚生労働省の調査でも、家庭内での介護の担い手は68.7%が女性で、さらに50歳を超えると介護者になる割合が格段に増すことがわかっています。(厚生労働省「国民生活基礎調査」平成25年)

自分や夫の両親が大きな病気をして入院したり、定期的な通院が必要になったりした場合、やはり付き添うのは女性の方が多いでしょう。そのため、この年代の女性は男性より病院に行く機会、そして医師と話す機会が多いと推測できます。機会が増えれば、医師と話すことにも慣れていくので、「医師に余計なことは相談しにくい」という割合が減っていくのではないかと考えられます。

50代以上の女性には、質問や相談を促すというよりは、患者が発する言葉を面倒がらずに一つ一つ拾い、丁寧に答えるという対応が医師に求められます。その言葉の中には、夫などの家族のことが含まれることもあるでしょう。これは新たな患者=増患につながる可能性を秘めています。

本連載の第2回でお話をしましたが、病院口コミのインフルエンサーは女性です。年代ごとに患者を分析し対応を変えていくことで、病気の“ついで買い”はもちろんのこと、口コミづくりにも良い効果を及ぼすといえます。

良い病院には良い事務方が不可欠

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“医師任せ”は通用しない病院づくり

ここまでの話を総合して、集患や増患は、結局医師の対応次第、「もっとがんばれよ、医者」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかしそうではないのです。もちろんこれが診療所であればまた話は違ってきますが、少なくとも病院では“医師任せ”は通用しません

診察室で患者を目の前にした時、医師がすべきことは、患者が病院に来たきっかけ=主訴を解決してあげることです。病院外来ともなると、1人の医師が診なければならない患者数も多くなるため、やはり効率面は重視せざるを得ません。また、たとえ患者の相談事を拾い上げたとしても、その先をどうすべきか判断できない医師も多いのではないでしょうか。例えば、非常勤の医師が患者に自分の専門外の症状について相談をされても、この病院で対応できるものなのか、対応できるとしたら誰にどこにつなげばいいのかわからず、適当に受け流してしまっている可能性もあります。

名作の陰に名編集者あり

名作の陰に名編集者ありという言葉があります。名作とは消費者のニーズにうまく応え、多くの人に求められてはじめて名作になり得ます。映画やドラマであれば、監督や脚本家、小説や漫画であれば作家こそが名作を生み出すと思われがちですが、こういった人たちはいわばアーティストであり、売れるかどうかの視点は二の次です。そのため、プロデューサーや編集者といった存在が必要不可欠になります。監督や作家がアーティストであれば、プロデューサーや編集者はビジネスマンです。彼らは制作費の回収だけでなく、作品を多くの人に求められる名作にまで高め、いかに利益を生み出すかというところまで考えます。消費者のニーズをくみ取り、言葉巧みに作品に取り入れさせる手腕があるかどうかが、名作を生み出す条件の1つなのです。

病院の増収には対患者・対医師の両面の施策を

病院に置き換えて考えてみましょう。病院では医師がアーティスト、事務方がプロデューサーや編集者といったビジネスマンに当たります。医師、特に勤務医は、目の前の患者の主訴を解決したいという行動原理のもとに動くため、病院の利益までは考えません。それを考えるのは、ビジネスマンである事務方のみなさんです。医師任せにせず、いかにして病院の利益につながるような、患者の相談を拾える仕組みをつくるかが重要です。病院における増患や集患には、消費者のニーズをくみ取るような対患者の施策と、そのニーズを巧みに取り入れさせる対医師の施策の両面が必要だといえます。

次回からは、これまで見てきた患者行動を活かした具体的な広報施策について考えていきます。

今回のポイント

  1. 病院という場所には、患者の健康意識、そして医師に相談したい欲求が高まる特殊性がある
  2. 患者は医師に遠慮してしまい、相談したいのにできないというジレンマを抱えている
  3. 患者の相談は病気の“ついで買い”につながるため、相談しやすい環境づくりが重要である
  4. 病院での環境づくりは、医師任せではなく、事務方主導で行うべきである

 

 


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